”空くう”の思想は仏陀が説いた唯我独尊とは逆説である。仏教における”空くう”という固定的実体、もしくは我の無いこと、実体生を欠いていることを意味する思想は仏陀が説いたのではなくここにも表裏一体論が入る事で、それによって仏陀の思想もまた支離滅裂にされている。”空くう”とは表裏一体論=善悪二元論で育てられた故にサイコパスとなった脳内である。自分の中がカラっぽで”空くう”なので余りの空しさに苦しくもがき、鬱になりその苦しみから逃れるために人に執着して自分の”空くう”を満たそうとするのである。だから私はあなたで、あなたは私であると執着を肯定、正当化しているのだ。これは犯罪であり、この執着はレイプ、ハラスメント、厭がらせ、のぞき、盗み、待ち伏せ、ストーカーと繋がっている。こんな呪文を死者が聞いて成仏など出来る訳が無い。それどころか執着を肯定する邪悪な憑依する霊になるのではないだろうか。僧侶は真剣に私の言っている意味を理解して宗教から表裏一体論=善悪二元論を無くさなければ真の幸せなど無いでしょう。わかります?
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